ナガルコットその2

二日目。
初日の出を拝むことができた。
瞬間ではあったが…
近所で花火が打ち上げられたのは
嬉しいサプライズだった。

圧倒的な景色に感動している
母にホッとした。
そして朝食ビュッフェにおける
母の凄まじい食欲に驚嘆した。
(これなら大丈夫や…)

山の上のコーヒーは本当に美味い!
母は4杯おかわりしていた…

ご機嫌な母は饒舌だ。
改めて実感した。
うちの母親はしゃべりが上手い!

もちろん大半が思い出話だ。
どう考えても、現実離れしている。
「ホンマ?」満載だ。
長年話すうちに練り込まれ、
真実になったのだろう。
そして最後は自分の手柄に持っていく。

それでいいのだ。
その人の「記憶」がその人なのだ。
イイ人生だった、で死ねばいい。


ときに悲しい記憶を泣きながら話す。
それもそれでいいと思う。
ただ、悔いている思い出話にだけは
「かえって良かったんちゃうか」
と「Bメロ」にブリッジしてあげた。

幼少時以来の二人っきりの時間。
最高のシチュエーションで実現した。
悲喜こもごもすべての出来事が
「今」に欠かせない材料だ。

雑談こそが人生だ。

因果の奴隷

虎 赤ちゃん に対する画像結果

ショックな出来事があった。
時計の針は戻らないし、戻せない。
思い出してもどうにもならない。
でも脳裏をよぎってしまう。
原因を考えてしまう。

どうすれば避けられたか?
(ああしなければ良かった)
(あれが悪かったんじゃないか?)
(あの言葉が引き金では?)

絶対に勝てない勝負だ。

取り返しのつかない現状は
絶対に変わらないのだから。

「因果」というストーリーを
使うことで記憶に残しやすい。

同じ失敗を避けるための知恵
としては良いシステムだ。

しかし、二度目のなさそうな
どうしようもない出来事もある。
「理不尽」としか説明できない
ような出来事が。

そんなときにそのシステムを
使えば、記憶が強固になるだけだ。

それでもやってしまう。
脳の「クセ」なのだろう。
クセにはクセで対抗するしかない。

この世の中は大半が理不尽だ。
理不尽を「虚心坦懐」見つめる。
因果の奴隷から解放された。

残りの人生は、新しいクセで
過ごすことにする。

まだまだやる用事が多い。
立ち止まっている場合ではない。


オカルト?ちゃうちゃう

行動や習慣を変えたい。
そう思っている人は多い。

本屋に行けばよくわかる。
そういうよく本が売れている。

変わろうという決意はあるのだ。
決意が持続しないのだ。

なぜか?
意志の弱さ?
では意志って何?

これまた抽象的な言葉だ。
決意とよく似た言葉を使って
説明しても意味はない。

決意を忘れるからではないか?
忘れても人生は送れるからだ。
当然だ。
決意する前も人生を送れていた。
現状を持続する意志は強いと
言えなくもない。

決意を忘れないことが大切だ。
忘れない工夫の一例を紹介する。

生活習慣病の患者さんのケース。
習慣を変えないと治らない。
(変えずに薬だけ飲む人もいるが…)

たとえば
「お腹がへこまないんですよ」
という患者さんがいる。

忘れない環境づくりが必要だ。

ジムに通う?
ランニングする?
間食しない?
食べすぎない?

全部ムリに決まっている。
良い習慣とは何か、は皆知っている。
できないから医者に来ているのだ!

うちのやり方はこうだ。
「へこむようにしてあげます」
と言って、お腹を触る。
そして念を送る(←大事)。

真剣な顔で
「へこむ念を送っておきました」
これでOK。

ホントに効くのだ。

なぜか?
医者にお腹を触られて念を送られた。
それは記憶に残るからだ。
そう簡単に忘れられない
非日常経験だからだ。

自分のお腹を触る度に思い出す。
(主治医に念を送られたお腹だ!)

主治医との約束を守りたい
患者にはとてもよく効く。

ご利益が欲しい人!
触ってあげますよ♡