オモシロ奥座敷初回終了!

早い話が
コミュニケーションは「結果」で
雑談が「先」だ

ということだ。

第一回「オモシロ奥座敷」が終了した。
18時にスタートし、気づけばなんと
深夜零時だった。
参加者全員が時間を忘れていた…

雑談だから終始リラックス。
雑談だから教え諭すような
「押しつけ」もない。

テーマは次から次へと移り変わる。
カメレオンのように。

映画、うつ病、金持ち論、着物、
あいさつ、師弟、秋葉原、酒と煙草、
引きこもり、声かけ、尊厳、大麻とシンナー、
占い師、上司と部下…

他にもまだまだあったが書ききれない。

参加者の一人はドキュメンタリー映画の上映と、
20人くらいでの座談会を定期的に開催している。
鑑賞後、皆が語る感想が十人十色。
見ている「景色」がいかに違うか。
そんな話を興味深く聴いた。

某ファーストレディの裏話も飛び出して
ズッコケた。

あるテーマで話をし、一瞬共感している
ように感じても脳内で広がる世界は
全然別物かもしれない。

それでいいのだ。
各々の脳内に何らかの「変化」が起これば
それがコミュニケーションなのだ。


雑談が苦手だとしたら、それは誰かからの
何らかの「刷り込み」があっただけ。
ならば新たに刷り込めばいいだけ。

次回は2月28日を予定しています。
「話すのが苦手」と思い違いをしている人!
是非ご参加を!

ナガルコットその2

二日目。
初日の出を拝むことができた。
瞬間ではあったが…
近所で花火が打ち上げられたのは
嬉しいサプライズだった。

圧倒的な景色に感動している
母にホッとした。
そして朝食ビュッフェにおける
母の凄まじい食欲に驚嘆した。
(これなら大丈夫や…)

山の上のコーヒーは本当に美味い!
母は4杯おかわりしていた…

ご機嫌な母は饒舌だ。
改めて実感した。
うちの母親はしゃべりが上手い!

もちろん大半が思い出話だ。
どう考えても、現実離れしている。
「ホンマ?」満載だ。
長年話すうちに練り込まれ、
真実になったのだろう。
そして最後は自分の手柄に持っていく。

それでいいのだ。
その人の「記憶」がその人なのだ。
イイ人生だった、で死ねばいい。


ときに悲しい記憶を泣きながら話す。
それもそれでいいと思う。
ただ、悔いている思い出話にだけは
「かえって良かったんちゃうか」
と「Bメロ」にブリッジしてあげた。

幼少時以来の二人っきりの時間。
最高のシチュエーションで実現した。
悲喜こもごもすべての出来事が
「今」に欠かせない材料だ。

雑談こそが人生だ。

なんか不満ある?

講演を依頼される機会が増えた。
自分の勉強と思い、引き受ける。
感想文やアンケートを受け取る。
予想通りの反応は本当に少ない。

伝えたいことを伝えるのは難しい。

痛感する。

雑談が多いせいかもしれない。
枝葉末節の部分の方が印象に

残ることも多いようだ。

反面、仕方がないとも思う。

聴き手の優先順位が違うからだ。

自著の読後感想を聴かされるときも
似た経験をする。
「あそこ、共感しました!」
そこかい!

欲する情報がそれぞれ異なる。
少なくともその時点で重要だと
思うものを求める。
ということは欲しいモノを

明確にしておかないとヤバい。

人生スパンで見ると、不要なもの

ばかり集めてしまうかもしれない。

つまり今の自分は過去の自分が重要と

思って収集した情報の集大成なのだ。

今の自分が不満であれば、優先順位の
設定を間違ったということだ。
すぐに設定し直す必要がある。
未来の自分を不満だらけの人物に

しないために。

残された時間は平等でもないし、

多分思うほど長くない。

焦る…