他人事(ひとごと)


東海道新幹線の社内販売の
アイスクリームが美味しい。

カチカチに凍っていて溶けにくい。

そのアイスを前に笑顔の妻と
喜びのダンスをしている娘と息子。

幸せな光景だと思う。

寝たフリをしている父親には
一口も回ってこなかったが・・・

教育格差が広がっている。
そのことを受容している国民が
増え続けているそうだ。
それは仕方のないことだ、と。

さらに、教育を受ける機会に
差があることも仕方がない、と。

親の経済力という「既得権」が
子どもへの教育に影響する。
それをやむを得ないと考える人が
圧倒的多数になっているそうだ。


妻と経営している会社の大義は
「世界の子どもたちの医療と教育の
機会均等」
だ。
だから日本社会の考え方の傾向は真逆だ。

「自分の子さえよければ」という
近視眼は、将来恐ろしい形で
やり返される可能性がある。
超上流階級ならいざしらず、中流家庭が
機会の差を受け入れるのはまずい。

ドストエフスキーの言葉だ。
「各人はすべてのことについて、
万人に責任がある」


医療も教育も「社会共通資本」だ。
隣人の病気も無知も真の意味で
「ひとごと」にはなり得ない。

新幹線のアイスに幸せを感じる程度の
金持ちなので責任をはたすつもりだ。
大義を貫くために、なにができるか
考え続けなければ。

ホメられたい人?


「オイラ、ホメられたいんだよね」
ビートたけしが言っていたらしい。
あれほど大物になってもまだ、
ホメられたいのか…

「ホメられたもんじゃない」
最近そういう言い方を耳にしない。
この場合の「ホメる」の主語は
「世間」とか「社会」だろう。
「恥の文化」として、世間の目が強かった。

アメリカは金持ちがホメられる国だ。
だからトランプが大統領になれる。
違法スレスレであっても、金持ちは
成功者として認められる。

プロテスタントの国アメリカでは、
「勤勉に貯蓄」は美徳だからだ。
「清貧」や「武士は食わねど」が
ホメられる日本とは真逆の価値観だ。


金持ちは、決して「ホメられる」
ような記号ではない。
しかし、引け目を感じる必要はない。
カネを稼いでどんどん納税すればいい。

不安解消のために貯め込み、流れを
停滞させる金持ちが迷惑なだけだ。
稼いで社会に還元することだ。
そういう人はホメてあげたい。

というようなブログを今朝書いた。

読み返したが面白くない。
で、投稿保留にしていた。

午前中の往診で田岡さん(94歳)に
「先生は良い耳してるねえ。
カネが貯まる耳よ」

とホメられた。

「でしょ~でも鼻の穴が見えるので
カネが漏れていくらしいです」

入って出て幸せだね、と皆で笑った。

4人目の往診先で患者さんの妻から
「先生は良い耳してるねえ。
人の話をよく聴く耳よ」

とホメられた。

「でしょ~でも鼻の穴が見えるので
聴いた話が漏れていくらしいです」

ダメじゃない、と皆で笑った。

同行の師長が驚いていた。
二人に耳をホメられる日はまずない。
それほど印象的な耳でもないはず。
やはり朝「ホメる」をテーマに書こうと
したからだろう。

「求めよ、さらば与えられん」
というお話でした。

お答えできません

早い話が
「答え」と「応え」は違う
ということだ。

「応答」という言葉を長い間、
素通りしていた…

「答える」は「さがす」ことだ。
相手の質問に対し、自分の記憶の
どこかから引っ張り出す。
「言語」VS「言語」って感じ。

だから「答え合わせ」できる。

「応える」はもっと感覚的なものだ。
「反応」はあるが、「反答」はない。
「応用」はあるが、「答用」はない。

むしろ真逆な感じがする。

明確に「答える」ことができなくても
「応える」ことはできる。

だから「手応え」という言葉がある。

「応える」は本能の近くにある。

研ぎ澄まさないと出てこない。

明確に「答え」が出なくても、
相手から「答え」を引き出せなくても
あきらめない。

何らかの「応え」を感じ取る。

先人たちは「答え」がない道で
「応え」を積み重ねた。
ニュートンもアインシュタインも。

「応え」も積もれば、宇宙まで上る!

自分にとっては大事な気づきだ。

話は替わるが、最近「応接間」を
見ないし、耳にしない。
昔は金持ちの家には必ずあった。
(金持ちの家に行かないからか…)

イイ響きだし、イイ言葉だと思う。

自分にとっては大事な気づきだ。