画になる人々


たまに実家に帰阪すると楽しみがある。
保存してくれている録画を観ることだ。
地元の特集を片っ端から
録ってくれている。

蔵前、鳥越、御徒町・・・
「画」になる街なのだろう。
大阪でも度々特集されている。

知っている人ばかり出てくる。
うちの患者さんばかりだ。
しかも、みな「慣れ」とる!

テレビに出るのを自慢するのは
江戸っ子の沽券に関わるのか。
誰も自慢しない。

「テレビ観ましたよ!」
とこちらが言っても。
「ホントは出たくないんだよね」
と喜びを隠せない。

経済には必ずしも反映しないようだ。
出演後、瞬間最大風速は吹くが、
すぐに静まるのが残念なところだ。

「匠」と呼ばれる職人さんも多い。
テレビでその仕事っぷりを見て、
腰を抜かすことになる。
気迫、真剣、気合・・・
「画」から漏れ出ている。


診療中は博打や、酒、趣味の話しか
しないオッチャンたちだ。
「酒多すぎるんじゃないの!?」
普段は、こちらが偉そうに説教している。
つまり「見損なっている」わけだ。

同時に誇らしくもある。
「画になる」患者さんたちに選ばれる
「画になる」医師・・・


アカン!勘違いするところだった。
ちゃんと「医療」をすることが大事。
銘記せねば・・・

ご褒美ほしい?

ガラス職人の平田さんは79歳男性。
夫婦で仕事をしている。
建物のガラス入替は夜中の仕事だ。
さすがにこの年齢ではキツイはず。

昨年は忙しかったそうだ。
年末に風邪を引いた平田さん。
「寝正月でした」
ほとんど布団の中で過ごしたらしい。

「今は元気そうじゃないですか」
年始早々忙しい平田さん。
自然治癒させたのだろう。

仕事のときは張り切る。
その時間以外に「寝込む」病をする。

「完璧な仕事人間ですね」
「嫌いじゃないんでね」


江戸の職人さんたちは
この「物言い」を好む。
おカネはどうでもいいらしい。
待合でも常時読書をしている
平田さんに欲はほとんどない。

「報酬はご褒美でしょ?」
と訊くと、
「ホントそのとおり」
平田さんは照れながらうなづいた。

「嫌いじゃないこと」をやって、
ご褒美をいただく。

理想的な生き方を人生の晩年
(平田さん、ごめん)にできる。
職人という仕事は素晴らしい!

「情報」だけを右から左に流して
大金を稼いでいる人たちにも
是非、味わって欲しい世界だ。


よし、決めた!
「内科職人」になろう!

それ知ってる

「それ知ってる」
結果を知っているという意味だ。
クイズ王者を目指しているのか?

つい「知識」収集に走ってしまう。
「知識」と「知恵」は違う。
「知識」と「教養」も違う。


結果に至るまでの無数のつながり。
そのすべてへの敬意。
本当の学びは職人の技術習得と近い。
膨大な時間とエネルギーが必要だ。
最近とみにそう感じる。

自分で階段を登っていく。
自分で地平を切り開く。
ようやく「自分」になれる。
他者と違う「自分」に。

それゆえ希少性が発生する。
希少性にしか価値はない。
「インスタントな知識コレクター」
は間違いなく淘汰される。
常に自戒しておこう。