こんなときこそ

「落ち込んでいる暇があったら、
そのエネルギーを使って
ブルースを書いた」
デューク・エリントン

大切な人との死別、事業の失敗、
理不尽な出来事、病気、災害…

悲哀の種はそこら中に転がっている。
悲哀の種しか目に入らないだけ
かもしれない。

先人たちはそれをエネルギーにして
仕事をしてきた。
自らの涙を拭いて、世の中の涙の
原因を解決してきた。

便利な世の中と文化を享受している。
挫けなかった先人たちのお陰だ。

悲哀のエネルギー量は大きいのだ
と思う。

どんな困難も乗り越えられる。
そう確信している。
生きている人にはとてつもない
エネルギーがあるのだから。

https://www.youtube.com/watch?v=cb2w2m1JmCY

死ぬために仕事?

「先生、スゴイです!」

看護師長に驚かれた。

9月から来た新しい師長だ。

外来のこなし方に驚いたようだ。

客観的に見れば、患者数も多いし、
テンションも高い。
しかし不思議と疲労はほぼゼロ。

楽しくて仕方がない。

以前はヘトヘトになっていた。
最近、就寝時は常に寝落ちする。

ということは疲労しているのだろう。

業務後の「自己研鑽」でより多く

エネルギー消費していると思われる。

なるほど!

外来業務は「発表会」だ!

医療はライブだ!出たとこ勝負!

患者さんが満足しなければ、
来なくなるだけ。
仕方がないし、それはそれでいい。
医者は全国に30万人もいる。

相性の合う医者を探すべきだ。

仕事でヘトヘトになっている。

そういう患者さんをよく見る。

たいてい病の原因は「仕事」だ。
考え方の「設定」を変えた方が

いいかもしれない。

「食うためにヘトヘトになってでも

するものが仕事」

きっとそれは産業革命以降生まれた、

特殊な定義だ。

面白い、時を忘れる仕事を選んでも

全然かまわないのだ。

人生で最も長い時間を費やす作業。

そういう人が多いのだから…

(『ヴェネツィアの出版人』オススメ)