ホンマにわかってるの?


「わかりました」
簡単に、わかる・理解する人がいる。
軽く誇らしげな顔をしながら。
多分ヤバい・・・

すでに知っていただけかもしれない。
人はしょせん、知っていることしか
認識できないからだ。
知っていることを追認する作業は
人生時間のムダ遣いだ。


「理解」はただのゲームだ。
ゲームに意味がないわけではないが、
ゲームは実践ではない。

大人になったら、理解できることが
どんどん増える。
だから「理解収集」が趣味になる。
理解できることに優越感を抱く。

ゲームでクリアするのと同じだ。
次は?
ゲームの次のステージに進むだけ。
それの繰り返し。

実生活は何も変化しない。
社会の役にも立っていない。
いや、「理解」を与えてくれる人の
経済には貢献しているかもしれない。

行動につながらない、
居心地のいい理解は麻薬だ。


行動したときにぶつかる
不測の事態の数々。
そんじょそこらの理解では
太刀打ちできない。
実践でしか、真の充実感は味わえない。

理解した自分を信用していない。