神様が住む街

大阪にいた頃の話だ。
イギリス人とドライブしていた。
突然彼が叫んだ。

God!!

指差す方向には「神戸」と書いた看板。
「神=God」と漢字で覚えていたのだ。

非常に興味深かった。

それまで「神戸」に「神」を感じた
ことがなかったからだ。
神戸が「神々しい」街に変化した。
かどうかは知らない。

東京だと「神田」や「神泉」。
普段、神を意識しているだろうか?

「仏」がついている地名も調べてみた。
仏並、仏谷、仏向、仏子・・・

結構あった。
しかし心当たりのない地名だ。
すごく「仏」を感じる。
イギリス人になった気分だ。


人名でもそうだ。
「鈴木」という名字の人は多い。
しかし、リンリンと鳴るBGMは
聴こえてこない。

言葉は生活の中で「空気」になる。

「はじめに言葉ありき。
神は言葉であった」

(新約聖書「ヨハネによる福音書」)

神は空気のようにそこら中に
いるのかもしれない。

名誉ある孤立者

「求めよ、さらば与えられん」
『マタイによる福音書』第7章7節

自分が価値あり、と期待したものが

勝手に「情報」として入ってくる。

聖書の言葉をそう解釈している。

妻が妊娠すると街に妊婦が増える。
BMWが欲しいと毎日BMWを目撃する。

つまり、期待した情報を手に入る。

逆に言えば「期待」が現状を作るだ。

「現状が不満」はあり得るのか?
もしも現状が不満であるならば、
期待の優先順位を誤った可能性大だ。 

多分イヤなことをやっていたのだろう。
正確には、やらされていたのだろう。
常識を常識として生きてきたのだろう。

「常識とは18歳までに身につけた
偏見のコレクションのことをいう」

アインシュタインの言葉だ。

常識を偏見と言い切るすごさ!

「常識を疑え!」
使い古された言葉だ。

しかし実践できている人は少ない。

現状が不満ならば、本気で自分の

常識(偏見)を見直すべきだ。

糖尿病になるのは意志が弱いからか?
少子化は本当にいけないのか?

隣国は政府の見解通り非常識なのか?

「天邪鬼」と言われるかもしれない。
天邪鬼こそが生き残る時代!
確信している。