シモネタ

図書館で娘が用を足そうとした。
付き添った妻は困惑した。
和式だったのだ。

4歳の娘は生まれたときから洋式。
うまくできるかどうか?
杞憂だった。
大きい方も難なくこなした。

娘のあとで順番を待つ高齢女性。
綺麗な身なりの上品な女性だ。

「お嬢ちゃんうまくできるかな?」
「もうすぐ出ますからね」


申し訳そうに応える妻をよそに
「まだ出るよ」
とマイペースな娘。
女性は笑って、
「いいのよ。どうせ私オムツだし」

ようやく出てきた娘は不思議そう。
女性は娘にチラチラオムツを見せる。
それを見た娘は言った。
「あきひで君と同じだね」
1歳の弟のことだ。

女性は笑いながら

「あきひで君はいつかオムツが
取れるでしょ?私はず~っとよ。
おじいちゃんおばあちゃんは
赤ちゃんになっていくの。
オムツのま~んまなの」


明るく説明する女性。
娘もつられて笑っていた。

以上、妻から聴いた話だ。

親世代には出せないおおらかさだ。
学校教室でも習えない。
高齢者と子供たちが接するのは
絶対に必要なことだ。

自己犠牲というDNA


ハサミムシの雌は卵を守るために

ハサミを使って外敵を追い払う。

虫の世界では珍しいことらしい。
産みっぱなしがほとんどだからだ。

ハサミムシの母親は
産まれたての赤ちゃんたちに
自分の体を食べさせるそうだ。
食べさせている間も、外敵が来ると

ハサミを振り回して追い払うそうだ。

不覚にも泣いてしまった(今も少し)。

これを「愛」などと解釈するのは人間だ。

DNAに書き込まれている本能なのだ。

考えてみた。

ハサミムシから人間をみたとき、
泣けるエピソードはあるだろうか?

人間のお母さんの行動を見てみる。

安定の悪い二輪車に乗って、
鉄の塊の四輪の隙間をかいくぐり、
食糧を調達する。
刃物を使って、恐ろしい火を使って…

すべては家族のために…

その光景を見たらハサミムシも

涙を流すかもしれない。

主婦だけではない。

お父さんも見てみよう。

もみくちゃにされて
低酸素の電車に乗って出勤。
仕事が終わると、自傷行為と思える
冷たい飲み物で内蔵を冷やす。

なかば強制的にアホになる…

そして、お父さんもお母さんも、

血液と比喩されるおカネを払う。

自己犠牲の精神は虫のそれと比べて

遜色ないのでは?

虫と違うのは、本能ではなく、
すべて教育の成果だという点である。

オ・ト・ナ♡

早い話が
少年のような大人という言葉は
本当の大人に使う表現だ
ということだ。

『12ヶ月の未来図』という映画を観た。

フランスの小学校の学級崩壊に驚いた。

ドイツでも状況は変わらないようだ。
ドイツでベストセラーになっている
『Deutschland verdummt』

からの引用だ。

子供の精神発達が遅れているそうだ。

ドイツでは、1990年代の中頃から
大人が子供たちを自分たちと

同一視し、「小さな大人」にした。

それが原因だと著者は考察する。

大人が幼稚化している。

先進国に共通する現象なのか?

子供は大人をどう見ているか?
煙草を止めさせられる。
子供と同じファッションを喜ぶ。

本も新聞も読まずにスマホに夢中。

「少年のような」と「幼稚」は

まるっきり別モノだ!

子供の目に年齢と乗車賃以外に

線引きは存在するのか?

「大人」を自覚し、行動する…

書いていて面倒くさくなってきた。
やっぱり、大人は煙草を吸うべきだ!