石けんの匂い


石鹸が日本で売り出されたのは
明治6年(1873年)だそうだ。

品質はイマイチな上に高い。
高価なくせに効果がなかった。

明治23年に花王が売り出し、
庶民に普及し出したが、
あいかわらず値段は高かった。

今、消毒アルコールが品薄だ。
当院の備蓄も底をつきつつある。
石鹸が活躍することになる。

石鹸の歴史もたかが150年。
つまり、石鹸以前もなんとか
してきたということだ。


衛生の悪さのせいで、多くの
生命が失われたことだろう。
けれど、
「石鹸さえあれば・・・悔しい」
と思う人はいただろうか?

情報」が産み出す欲は無限だ。
どっちが幸せかはわからないが、
この時代にエントリーしたのだから
情報と添い遂げるしかない。

大丈夫
(医者の「大丈夫」は効く)

石鹸もない劣悪な環境で
生き抜いた先祖の末裔だ。

人間の生命力はスゴイ。

言葉もパンデミック


世界はつながっている。
病原ウイルスの世界的流行のお陰で、
イヤでも認識させられる日々だ。

みな必死で現状維持しようとする。
それでもどうしようもなくなり、
目の前の景色が変わる。

銀座の街に人がいなくなる。
買いたいのにモノがなくて、
手に入らなくなる。

ショックを受ける。

「こんな所に影響があるんだ」
これから益々増えるだろう。

新たな工夫が生まれるだろう。
「公共」というものを重視する
日本人の精神は素晴らしい。

自分が迷惑をかけてはいけない。
強制がなくても、周りに合わせる。
ただし、共倒れには注意が必要だ。
感情的になっているとき、ヒトは
正しい判断ができない。


情報発信にも配慮がほしいところだ。
ウソはいけない。
しかし、感情を揺さぶるだけの
「告知」には反対だ。

常に、「対案」や「だから~しよう」
をセットで用意してほしい。

書籍からの引用だ。
「ヒトはポジティブな意味合いの言葉を
他者から聞くと、自分の言動もポジティブ
に変化する」

「情動感染」と呼ばれる現象らしい。

当たり前だが、言語は身体に影響する。
言葉は病気も健康も作り出す。

「わかりあえなさ」を埋めるには、
既知の言葉ではなく、未知の言葉が
溢れてくるのをじっと待つ。
それが、他者との関係性を保つために
重要だ、と著者は述べる。


ウイルスだけでなく、言葉も蔓延するし、
感染する。そして感情も感染する。
どんな言葉を収集し、発信するのか?
それが、宇宙を動かす。

今こそ「縁起」を体感する好機だ。

名誉ある孤立者

「求めよ、さらば与えられん」
『マタイによる福音書』第7章7節

自分が価値あり、と期待したものが

勝手に「情報」として入ってくる。

聖書の言葉をそう解釈している。

妻が妊娠すると街に妊婦が増える。
BMWが欲しいと毎日BMWを目撃する。

つまり、期待した情報を手に入る。

逆に言えば「期待」が現状を作るだ。

「現状が不満」はあり得るのか?
もしも現状が不満であるならば、
期待の優先順位を誤った可能性大だ。 

多分イヤなことをやっていたのだろう。
正確には、やらされていたのだろう。
常識を常識として生きてきたのだろう。

「常識とは18歳までに身につけた
偏見のコレクションのことをいう」

アインシュタインの言葉だ。

常識を偏見と言い切るすごさ!

「常識を疑え!」
使い古された言葉だ。

しかし実践できている人は少ない。

現状が不満ならば、本気で自分の

常識(偏見)を見直すべきだ。

糖尿病になるのは意志が弱いからか?
少子化は本当にいけないのか?

隣国は政府の見解通り非常識なのか?

「天邪鬼」と言われるかもしれない。
天邪鬼こそが生き残る時代!
確信している。