宗教はだれのため?


早い話が
「神の呪縛」から逃れるのは難しい
ということだ。


高齢者の家に行く機会が多い。
絶対に「仏壇」がある。
その真正面に「神棚」があることも。

お寺さんに往診した際にも、
立派な神棚があった。

お神酒で晩酌していたお宅も…

釈迦牟尼と八百万の神。
一神教から見れば、日本の宗教は
どれほどフシダラか!


著者はイランから米国に亡命した。
ムスリムから福音派に改宗し、
ムスリムに戻った。
いずれにしてもバリバリの一神教だ。
「創造主」の存在を確信しているはず。


本のタイトルは命がけなのか?
英語のタイトルは
“GOD A HUMAN HISTORY”
だったので少しニュアンスが違う。
安心した。

著者の主張は、神の擬人化が問題であり、
あまねく存在する神、つまり汎神論こそ
真理だとしている。


何のことはない。
「大日如来」がまさにそれだ。
著者は高野山にも行った方が
いいかもしれない…

日本のフシダラさが神様との
丁度いい距離感なのかもしれない。

なんのための宗教?

フランシスコ法王 に対する画像結果


人間の最小単位は一人ではなく、二人
トニー・クシュナー(米国の劇作家)

某編集者と話す機会があった。
自分の内面に入っていく本が
売れているそうだ。

最近その傾向が加速していると。

「心の平安」「生きがい」…
瞑想も大いにけっこう。
でも、それって自己中心的では?

せっかくの宗教心は、他の人に
使わないともったいない。

ローマ・カトリック教会の
フランシスコ法王は司祭に
「羊のにおいのする羊飼いに
なりなさい」

と説いているそうだ。

現場至上主義を実践せよと。

最近の東大生は、コンサルに
なりたがる人が多いらしい。
おカネのにおいは見つけるのは
上手になりそうだ。

おカネなんて「情報」にすぎない。
せっかくの能力がもったいない。
地球の未来に役立ててほしい!


説教臭くなるのでこの辺で…

現場のオモロさは増すばかり。
「生涯現場」を貫くつもりだ。

冒頭のつづきを記しておく。

「魂の結び合った網から、
いろいろな社会が、人間の世界が、
人間の命が生まれてくるのです。
そして芝居も…」