髪型差別


「オバちゃんみたいやな」
中学生の頃、友人連中に笑われた。

初めてパーマをかけた。
「デヴィッド・ボウイみたいにして」
と床屋にお願いしたはずだった。
中学生の自意識は、嘲笑に耐えられ
るほど強くなかった。

(二度とパーマをかけるまい)

今ではパーマに耐えられる毛髪量では
なくなった…

今ならわかる。
友人連中は自分のテリトリーを
荒らされたくなかったのだ。
「現状維持したい」というテリトリーを。

自分らの遊び場にデヴィッド・ボウイが
来たら、そりゃあビックリする!
現状がぶち壊されるからだ。

「人は、差別主義者に生まれるのではなく、
差別主義者になるのである」

著者のトニ・モリスンはアフリカ系
アメリカ人初のノーベル文学賞作家だ。

風習、教育その他環境因子が、
無意識レベルで「よそ者」を育て上げる。

デヴィッド・ボウイでさえも、昭和の
大阪の中学生には差別されるのだ。

差別がなくなればいい

ほとんどの人がそう思っているはず。
だけど、続く言葉がある。

差別は人間の本能だ

どのレベルで本能なのか?
「生まれながら」ではないのだ。
自分の中で「育て上げる」という
本能的能力を持っているだけなのだ。


「よそ者」認定してしまったときに、
「なぜ?」「どこから?」
心の「起源」と真剣に対峙する。
人類全員がそうする日が来れば、
「差別」を克服できるかもしれない。


たまには壮大なテーマもいいでしょ。

神様が住む街

大阪にいた頃の話だ。
イギリス人とドライブしていた。
突然彼が叫んだ。

God!!

指差す方向には「神戸」と書いた看板。
「神=God」と漢字で覚えていたのだ。

非常に興味深かった。

それまで「神戸」に「神」を感じた
ことがなかったからだ。
神戸が「神々しい」街に変化した。
かどうかは知らない。

東京だと「神田」や「神泉」。
普段、神を意識しているだろうか?

「仏」がついている地名も調べてみた。
仏並、仏谷、仏向、仏子・・・

結構あった。
しかし心当たりのない地名だ。
すごく「仏」を感じる。
イギリス人になった気分だ。


人名でもそうだ。
「鈴木」という名字の人は多い。
しかし、リンリンと鳴るBGMは
聴こえてこない。

言葉は生活の中で「空気」になる。

「はじめに言葉ありき。
神は言葉であった」

(新約聖書「ヨハネによる福音書」)

神は空気のようにそこら中に
いるのかもしれない。