画になる人々


たまに実家に帰阪すると楽しみがある。
保存してくれている録画を観ることだ。
地元の特集を片っ端から
録ってくれている。

蔵前、鳥越、御徒町・・・
「画」になる街なのだろう。
大阪でも度々特集されている。

知っている人ばかり出てくる。
うちの患者さんばかりだ。
しかも、みな「慣れ」とる!

テレビに出るのを自慢するのは
江戸っ子の沽券に関わるのか。
誰も自慢しない。

「テレビ観ましたよ!」
とこちらが言っても。
「ホントは出たくないんだよね」
と喜びを隠せない。

経済には必ずしも反映しないようだ。
出演後、瞬間最大風速は吹くが、
すぐに静まるのが残念なところだ。

「匠」と呼ばれる職人さんも多い。
テレビでその仕事っぷりを見て、
腰を抜かすことになる。
気迫、真剣、気合・・・
「画」から漏れ出ている。


診療中は博打や、酒、趣味の話しか
しないオッチャンたちだ。
「酒多すぎるんじゃないの!?」
普段は、こちらが偉そうに説教している。
つまり「見損なっている」わけだ。

同時に誇らしくもある。
「画になる」患者さんたちに選ばれる
「画になる」医師・・・


アカン!勘違いするところだった。
ちゃんと「医療」をすることが大事。
銘記せねば・・・

トラウマも娯楽に


4歳の娘が階段を転がり落ちた。
頭を打撲し、口の中を少し切っている。

45年前、酔っ払って帰宅した父親が
抱っこした弟を階段で落とした。
弟は頭部を縫った。
母親は45年経った今も怒りながら語る。

3歳の自分の記憶はおぼろげなはず。
鮮明に憶えているのは、母から
繰り返し聴かされるせいだと思う。
擬似的「トラウマ」が形成されたのか?

トイレットペーパーが話題だ。
その話を耳にし、
「オイルショックを思い出す」
という人がたくさんいる。
これも「トラウマ」かもしれない。

号泣する娘を前に、そんな「ネタ」を
考えている冷徹な父親。
そこは医師としてきちんと診察する。
意外と娘は父親の医師としての
力量を信じている。

「大丈夫や。泣いたら余計痛いで」
嗚咽しながらうなづく娘。
トラウマにならないように誘導する。

いや、待てよ?

失敗の記憶はそれなりに大事だ。
また階段から落ちては困る。
かと言って「怖がり」になられても
彼女の人生が窮屈になってしまう。

ゴチャゴチャ考えていることを
察した娘は
「ティンカーベルのDVD観たい
(もうこの辺で解放して)」

と逃げ出したのであった。

カオス

『カオス』
混沌と訳されることが多い。

気象学の世界では少し違う。
「自然のゆらぎ」を発生させる因子。

初期状態の違いが、将来の膨大な違いに
つながる現象のこと、だそうだ。
気候システムの内在的性質なのだ。

カオスのせいで予報は困難になる。

要するに…

あまりにも要素が混在しているし、
予測は無謀だということだ。

空前の台風到来で列島は混乱している。
1億人規模のいつもと違う行動も
十分にカオスを生みそうだ。
逆に、さまざまな自粛が予報の的中率を
上げるかもしれない。

まさに神のみぞ知る。

それにしても、天候は他のどの要素より
人々を一丸とさせる。
近所のスーパー売り切れを愚痴る
高齢者の言葉に溜息が出た。

備えることと、闇雲に恐れることとは
全く異なる。

思い通りにならないことを学ぶ。
地球のつながりを感じる。
生命本能が起動するのを見つめる。
そのとき自分はどう反応するのか?

その人の内在的性質が現れる…

地域医療従事者である医師なので、
ビビりつつ待機している。