丁稚卒業


新しい人生がいよいよ始まる。
純粋にプレイヤーをさせてくれた
前職には感謝している。
給料を与え続けてくれた。
(増えなかったが・・・)

辞めてみて自分の甘さにも気づいた。
師匠である日野晃先生は
「12年間、丁稚やったと思えばいい」
という言葉をくれた。

記憶に残る「今日」になると思う。
いや、残りの人生全部
記憶に残る一日にしよう。


新たな課題を自分に与えることにした。

世の中の全仕事に対して傍観者になるな!

コロナ禍でよくわかった。
どこかの国で感染を収束させるには、
世界中同時に収束するしかないのだ。

世界中の全仕事のおかげで
世界は成り立っている。

24時間365日意識し続けるのは
簡単ではないかもしれない。
でも、そう決めた。

備忘録として残しておく。

『縁起の思想』読後


早い話が
傍観者にはなりえない
ということだ。


何をかくそう仏教徒だ。
破ることも多々あるが、
一応「戒律」もある。

「宗教とは一神教である」
の定義を採用しているので、
仏教を宗教とは考えていない。
仏教に「神」はいないからだ。

生きて行く上での知恵として、
仏教「哲学」を採用している。

「縁=関係」「縁起=関係性」
と著者は考えている。


西洋哲学で関係性「A→B」を語る際、
語り手はAに対して完全なる傍観者だ。
逆に完全なる傍観者になれるから、
「科学」が生まれる。

仏教の立場は全く違う。
自分と無関係なAは存在するのか?
要するに

「ほな、誰がAについて語ってるねん?」
ということだ。

Aには、「自分」を含め、すでに
無数の「縁(関係)」が内在されている。
21世紀「量子論」では観測者の影響を
無視できないことが当たり前になった。
仏教に「先見の明」があったのだ。


イラク問題は傍観者でいられても、
新型肺炎の問題は傍観者になれない。
感染症も経済もつながっている。
本当はイラク問題もつながっている。

「関係性」を意識することでしか
世界は救えない。

オマエダレヤネン?

昨日のブログで医師には対話能力が
必要だ、と書いた。

https://imcjapan.org/medicalcoaching/医者の態度?fbclid=IwAR1OYXcLBfRYFN6cUzk29X6YGtQ18fC56rbVc8Se6n3Fxsw__rITRiwODjA

傍観者のつもりはない。
自分も当事者であり、自戒を込めて
書いているつもりだ。
しかし、自分で読み返し、何となく
「上から目線」を感じた。


他の医師の文章に
「医者は空気が読めない連中の集まり」
と書いてあった。
念のため、妻に問うてみた。

「オレ空気読める人かな?」

少し間をとった妻。
妻の即答を当然のモノと思っていた
自分は困惑した。

「男同士は知らんけど、私に対しては…
わざと読まんようにしてるんやろ?」


さらに困惑が深まる返答だった。

「お前は誰やねん?」目線には
注意が必要だ。