死亡診断書


週末99歳の患者さんが亡くなった。
老衰だ。

直前まで意識はしっかりしていた。
寝たきりの時間も長かった。
瓜二つの娘もよく介護した。
みなが悔いなきお別れだった。

主治医としては
(もう少しできたのでは)
と思うのは常だが・・・

とにかく死亡診断書を書く必要がある。

ちょっと待て!
診療所を辞めたばかりだ。
診断書の用紙がない!
どこでもらえばいいのか?

本来区役所だが、今日は土曜日だ。
警察に問い合わせた。

「大きい病院でもらえばいいのでは?」

M病院に問い合わせた。
事情を説明して、一部だけ貸してほしい。
そう伝えた。

「担当の者がまだ出勤していない」

との返答だった。
死亡診断書の用紙を貸すか貸さないかを
判断する部署はこの世に存在しない。

病院はこんな感じだ。
病院に問い合わせるのは
あきらめることにした。

どうしようか?

明日から出張で、帰京するのは火曜日だ。
さすがにそこまでは無理だ。

たしか区役所は離婚届や婚姻届は
時間外でも受け付けているはず!


それを思い出して、とにかく向かった。
時間外の窓口で事情を説明した。
2部持ってきてくれた!
書きまちがい用に。

「暑い時期だからもうちょっと下さい」

こちらの意味不明な要求にも対応し、
さらに5部もってきてくれた。

在宅診療を始める上で
初歩的なミスだと反省。
周りの準備にいかに助けられてきたか
痛感した。

とにかくなんとか乗り切った。
好きなことをやっているのだから
すぐに上手くなるだろう。
50直前の転職!
「超楽観主義」でいくしかない。

やる気あるのか?

早い話が
「やる気」は意識されるものではない
ということだ。

「最近やる気が出ないんです」
丸谷さん(69歳)の母が入所した。
介護から解放され、発した言葉だ。
「やる気が出ない」

外来に限らず、一般でも耳にする言葉だ。

それって「やる気」あるのでは?

「やる気が出ない」
という言葉を発しているとき、実は

「やる気」はきちんと発生しているのだ。

???

と感じたのでは?

「やる気」を定義してみる。
「やる気」イコール「モチベーション」
多分異論はないだろう。
「モチベーション」を定義する。

前出の丸谷さんの場合。
「何もしない」が快適領域なのだ。

だから「やる気」は機能している。

多くの人が「やる気」を誤用している。

それを「やる気」があると思っている。

それは多分「働きアリ洗脳」だ。
躾や教育で身につけさせられたことだ。
「嫌なコト」は本来やりたくないはずだ。
逆に、誰かに嫌なコトをやらせるとき。
「やる気を出せ!」

躾けられたのだ。

その上、快適領域まで設定される。

「嬉しさ」「楽しさ」まで決めらる。
これを、この辺まで嬉しがっていいよ。
これを、この辺まで楽しんでいいよ。
あったはずの快適領域が消滅したのだ。
それなりに「嫌なコト」をしている状態。
それが新たな「快適領域」になったのだ。
そして奴隷生活が始まる…

丸谷さんは3人姉妹の二女。
幼少時から「バランサー」だったそうだ。
大人になっても我慢の連続だった。

弊害は血圧と過食に反映されている…

「もうそろそろ好き勝手したら?
そんなに残り時間ないですよ」

自分に嘘をつかず、「快」に忠実に。

丸谷さんにできるかどうか?
知らん。
「やる気」が発動しているとき。
それは意識されない。
意識されるなら、とてもあやしい。
頑張っている可能性がある。
正直に興味あるもの、好奇心の対象に
向かう最後のチャンスかもしれない。