ホンマにわかってるの?


「わかりました」
簡単に、わかる・理解する人がいる。
軽く誇らしげな顔をしながら。
多分ヤバい・・・

すでに知っていただけかもしれない。
人はしょせん、知っていることしか
認識できないからだ。
知っていることを追認する作業は
人生時間のムダ遣いだ。


「理解」はただのゲームだ。
ゲームに意味がないわけではないが、
ゲームは実践ではない。

大人になったら、理解できることが
どんどん増える。
だから「理解収集」が趣味になる。
理解できることに優越感を抱く。

ゲームでクリアするのと同じだ。
次は?
ゲームの次のステージに進むだけ。
それの繰り返し。

実生活は何も変化しない。
社会の役にも立っていない。
いや、「理解」を与えてくれる人の
経済には貢献しているかもしれない。

行動につながらない、
居心地のいい理解は麻薬だ。


行動したときにぶつかる
不測の事態の数々。
そんじょそこらの理解では
太刀打ちできない。
実践でしか、真の充実感は味わえない。

理解した自分を信用していない。

心が折れていない人へ

「心が折れる」

いつの時代から使われ始めたのか?
比較的最近耳にするようになった。

「心が折れる」人に言いたい。

見たんか?

見えない心を「見える化」して、
自分に不利な状況をこしらえる。
人生時間のムダでは?

他のモノは大体、物理的に折れる。
断言する。
心は絶対に折れない!

苦境に立たされることはある。
かならず立ち直ることができる。
だけど、折れたら立ち直れない。

こういう言葉は世の中に多い。
「そのままの自分でいいよ」
とか。

アカンやろ…

窮地に陥った人を思考停止に
してしまう言葉たち。
救済できないし、助言も響かない。

自分の辞書から抹消しておく。
平静時には絶対に使わないと
心に決めておく。


あえてジョークで使うのは
ギリギリセーフ…
いや、やっぱり止めておこう。

なんか不満ある?

講演を依頼される機会が増えた。
自分の勉強と思い、引き受ける。
感想文やアンケートを受け取る。
予想通りの反応は本当に少ない。

伝えたいことを伝えるのは難しい。

痛感する。

雑談が多いせいかもしれない。
枝葉末節の部分の方が印象に

残ることも多いようだ。

反面、仕方がないとも思う。

聴き手の優先順位が違うからだ。

自著の読後感想を聴かされるときも
似た経験をする。
「あそこ、共感しました!」
そこかい!

欲する情報がそれぞれ異なる。
少なくともその時点で重要だと
思うものを求める。
ということは欲しいモノを

明確にしておかないとヤバい。

人生スパンで見ると、不要なもの

ばかり集めてしまうかもしれない。

つまり今の自分は過去の自分が重要と

思って収集した情報の集大成なのだ。

今の自分が不満であれば、優先順位の
設定を間違ったということだ。
すぐに設定し直す必要がある。
未来の自分を不満だらけの人物に

しないために。

残された時間は平等でもないし、

多分思うほど長くない。

焦る…