心が折れていない人へ

「心が折れる」

いつの時代から使われ始めたのか?
比較的最近耳にするようになった。

「心が折れる」人に言いたい。

見たんか?

見えない心を「見える化」して、
自分に不利な状況をこしらえる。
人生時間のムダでは?

他のモノは大体、物理的に折れる。
断言する。
心は絶対に折れない!

苦境に立たされることはある。
かならず立ち直ることができる。
だけど、折れたら立ち直れない。

こういう言葉は世の中に多い。
「そのままの自分でいいよ」
とか。

アカンやろ…

窮地に陥った人を思考停止に
してしまう言葉たち。
救済できないし、助言も響かない。

自分の辞書から抹消しておく。
平静時には絶対に使わないと
心に決めておく。


あえてジョークで使うのは
ギリギリセーフ…
いや、やっぱり止めておこう。

なんか不満ある?

講演を依頼される機会が増えた。
自分の勉強と思い、引き受ける。
感想文やアンケートを受け取る。
予想通りの反応は本当に少ない。

伝えたいことを伝えるのは難しい。

痛感する。

雑談が多いせいかもしれない。
枝葉末節の部分の方が印象に

残ることも多いようだ。

反面、仕方がないとも思う。

聴き手の優先順位が違うからだ。

自著の読後感想を聴かされるときも
似た経験をする。
「あそこ、共感しました!」
そこかい!

欲する情報がそれぞれ異なる。
少なくともその時点で重要だと
思うものを求める。
ということは欲しいモノを

明確にしておかないとヤバい。

人生スパンで見ると、不要なもの

ばかり集めてしまうかもしれない。

つまり今の自分は過去の自分が重要と

思って収集した情報の集大成なのだ。

今の自分が不満であれば、優先順位の
設定を間違ったということだ。
すぐに設定し直す必要がある。
未来の自分を不満だらけの人物に

しないために。

残された時間は平等でもないし、

多分思うほど長くない。

焦る…

感情は二の次

早い話が
感情に行動制限されるな
ということである。

悲しいことがある。
苦しい身の上である。
やる気が出ない。
だから、やらない。

嬉しいことがあった。
気分が非常にイイ。
やる気に溢れている。
だから、仕事がはかどる。

断言する。

どちらもダメ!

やる気があろうがなかろうが
やるべきことをやる。
感情や気分に左右されない。
そのクセをつけた方がいい。

一流の人に接する機会が多い。
一流の人だって人間だ。
気分の好不調は当然ある。
みな、愚直なまでに継続できる。
やる気の有無に関わらず。
それが一流たる所以だと感じる。

感情を切り離して行動する。
それができない人間は死に絶えた。
今、息をしている人はみな、
生き延びたDNAを引き継いでいる。
だから、できるはず。

今まさに過酷な状況にいる人ほど
やるべきことを淡々とこなすべき。
技術を獲得するチャンスだ。
「あの状況でも自分はやれた」
はデカイ!

自分も十代の最後に辛い時期があった。
15歳の妹が白血病になったのだ。
毎日見舞いに行った。深夜まで。
だが、浪人生活は一切サボらなかった。
むしろ勉強が「逃げ場」であり、
「安らぐ場」だった。

そのときに獲得した「技術」だ。
感情と行動を切り離すという技術。

カタツムリの歩みでもかまわない。
ちょこっとでも
前に進む。
人生時間をムダにしないために。

一流になれるという保証はないが、
その技術は一生の財産だ。