さすがマドンナ!


洋楽にはまっていた中学時代。
友人と競うように聴きまくった。
いわゆる「80年代」の音楽。

今聴くと、なつかしさというより、
最も古臭く感じる。
どれもこれも”ピコピコ”している。

その頃キラ星の如く登場したマドンナ。
当時「セックス・シンボル」だった。

「マドンナええ女やなあ」
とイキって発する男子校中坊の自分は
女の子と口をきいたこともなかった。
マドンナの魅力がわかるはずもない。

マドンナがいまだに元気だ。
新コロ抗体検査で陽性だったそうだ。
「明日はドライブに行く」
などと発言し、大炎上している。

今月2日に友人の誕生日パーティーに
参加したことも判明し、また大炎上。
おまけに、そのパーティで
「コロナケーキ」を食べて
ハグする動画も存在するらしい。


汚名挽回するかのように発言する。
「大量消費社会を止めて、古い価値観
から脱却しないといけない」

とルモンドで警鐘を鳴らしたそうだ。

ツッコミ材料を次々に出してくれる。
暗い世の中を七色蛍光色で塗装する!
スターはこうでなくっちゃ!
永遠の”マテリアル・ガール”だ!


https://www.youtube.com/watch?v=6p-lDYPR2P8

髪型差別


「オバちゃんみたいやな」
中学生の頃、友人連中に笑われた。

初めてパーマをかけた。
「デヴィッド・ボウイみたいにして」
と床屋にお願いしたはずだった。
中学生の自意識は、嘲笑に耐えられ
るほど強くなかった。

(二度とパーマをかけるまい)

今ではパーマに耐えられる毛髪量では
なくなった…

今ならわかる。
友人連中は自分のテリトリーを
荒らされたくなかったのだ。
「現状維持したい」というテリトリーを。

自分らの遊び場にデヴィッド・ボウイが
来たら、そりゃあビックリする!
現状がぶち壊されるからだ。

「人は、差別主義者に生まれるのではなく、
差別主義者になるのである」

著者のトニ・モリスンはアフリカ系
アメリカ人初のノーベル文学賞作家だ。

風習、教育その他環境因子が、
無意識レベルで「よそ者」を育て上げる。

デヴィッド・ボウイでさえも、昭和の
大阪の中学生には差別されるのだ。

差別がなくなればいい

ほとんどの人がそう思っているはず。
だけど、続く言葉がある。

差別は人間の本能だ

どのレベルで本能なのか?
「生まれながら」ではないのだ。
自分の中で「育て上げる」という
本能的能力を持っているだけなのだ。


「よそ者」認定してしまったときに、
「なぜ?」「どこから?」
心の「起源」と真剣に対峙する。
人類全員がそうする日が来れば、
「差別」を克服できるかもしれない。


たまには壮大なテーマもいいでしょ。