原田・偉人説

少し胃腸が疲れ気味だった。

禁酒の反動ですっかり甘党に
なってしまったせいもある。
年末年始に異国で普段と
違うものを食したことも原因か。

とにかく最近食い過ぎだった。

幼少時から胃腸は強くなかった。
どちらかというと「慢性下痢」。
お釈迦様もそうだったらしい。
だから気にしていなかった。

連休の最終日。
「コーヒーだけで過ごそう!」
医師としていかがなものか?
まあ人体実験だ。やってみた。

割とチョロい。
家族は食事をしているが、
気にならない。
「我慢」がないのでいい感じだ。

「たまにはお腹を空っぽにしよう。
食わんかったらウンコも減るかな?」


そんなことを言っていると、妻から
「こっちは食べてる最中やで」
と叱られたので、
「ごめんごめん。モーツアルトも
食事中に下品なことをよく言ってた
らしいなあ」

と反省と言えない返しをした。

さすがにコーヒー6杯目で
”No Mas(もういらん)”
な感じだった。

高倉健さんは毎日13杯コーヒーを
飲んだと聞く。
自分も酒をトコトン飲んでしまう
ところがあった。

もしかしたら健さんも酒を
止めたのではないか?
それでコーヒーに走ったのでは?

妻に
「健さんも何かの事情で
禁酒したんとちゃうか?
クセでコーヒーをあんなに
飲んだんとちゃうかな?
一流になる人の執着かな?」

と自説を展開した。

すると妻から
「さっきから釈迦、モーツアルトに
高倉健。よくそんなにエエのばかり
自分に当てはめるなあ」

と呆れられた。

なるほど!

自分の行動を正当化する。
そのために一流を見つける。
それが自分は上手いようだ。
次はそういう一流を探そう。

感情は二の次

早い話が
感情に行動制限されるな
ということである。

悲しいことがある。
苦しい身の上である。
やる気が出ない。
だから、やらない。

嬉しいことがあった。
気分が非常にイイ。
やる気に溢れている。
だから、仕事がはかどる。

断言する。

どちらもダメ!

やる気があろうがなかろうが
やるべきことをやる。
感情や気分に左右されない。
そのクセをつけた方がいい。

一流の人に接する機会が多い。
一流の人だって人間だ。
気分の好不調は当然ある。
みな、愚直なまでに継続できる。
やる気の有無に関わらず。
それが一流たる所以だと感じる。

感情を切り離して行動する。
それができない人間は死に絶えた。
今、息をしている人はみな、
生き延びたDNAを引き継いでいる。
だから、できるはず。

今まさに過酷な状況にいる人ほど
やるべきことを淡々とこなすべき。
技術を獲得するチャンスだ。
「あの状況でも自分はやれた」
はデカイ!

自分も十代の最後に辛い時期があった。
15歳の妹が白血病になったのだ。
毎日見舞いに行った。深夜まで。
だが、浪人生活は一切サボらなかった。
むしろ勉強が「逃げ場」であり、
「安らぐ場」だった。

そのときに獲得した「技術」だ。
感情と行動を切り離すという技術。

カタツムリの歩みでもかまわない。
ちょこっとでも
前に進む。
人生時間をムダにしないために。

一流になれるという保証はないが、
その技術は一生の財産だ。