サインは効く?

薔薇という漢字がある。
ほとんどの人が書けないだろう。
だけど、オトナなら大抵読める。

カタカナの「バラ」で通じる。
「バラ」と言えば、まだ肉より
薔薇だろう。

漢字を書く機会が少ない。
だから簡便化された漢字が
存在しないのだろう。
齋→斉、濱→浜のように…

「漢字が書けなくなった」
という人が多い。
読めるけど書けない。
そういう人が増えている。

かくゆう自分にも心当たりある。
機器を使った入力の影響だろう。
確かに書く機会が減っている。

見ればそれとわかるミッキーマウスも
描ける人は少ない。
漢字もミッキーマウスのように
なっていくのか。

この流れは益々加速するだろう。
それでも、自筆の説得力が強いのは
言うまでもない。

藤原定家自筆の『源氏物語』が
見つかった。
およそ800年前の代物だ。

近くで感じてみたい。
心底思う。

自筆は「ライブ」なのだ!
演奏も言葉も「生」が効くのだ!

グーテンベルクの印刷革命から
コピー機、ワープロの出現。
紙と筆記用具の価値は薄れるのか?
近隣の文房具屋、『カキモリ』は
今日も行列だ。

この程度の文章でも自筆で書く
自信がなくなっている自分。
手で書く練習をしようと思う。

ライブ!ライブ!ライブ!

映画『卒業(1967年)』のテーマ曲
『サウンド・オブ・サイレンス』
サイモン&ガーファンクル

産まれる前に劇場公開された映画だ。
だからリアルタイムではない。

以前ある映画監督が話していた。
劇場で聴いた主題歌の音のよさ。
観客で感動しない人はいなかった。
サウンドシステムはチープだった。
ドルビーサラウンドなんてない時代だ。
迫力、臨場感とも今より上のはずがない。

だけど超える音響に劇場で出会わない…

わかる気がする。

家電量販店の音響コーナーへ行く。
最新機器の音のクリアさに驚く。
誰が聴いてもクリアさははっきりわかる。
でも、何かが足りない。
何なのだろう?
無機質な感じがする。

CD登場以来、ずっと止まらない傾向だ。

アナログレコードが売れているそうだ。
実は、買いなおしてたまに聴いている。
レコードの方が、あきらかに音が芳醇だ。
ずっと聴いていたくなる。
とにかく「心地イイ」のだ。
クリアではないし、ノイズも多い。
ノイズさえも心地イイ!
逆に不自然にクリアな音は長く聴けない。
要するに、クリアさではないのだ。
クリアはすぐに醒める(冷める?)。

クリアの中に「人間の存在」は希薄だ。

やっぱりライブだ。
ライブの体感を大切にする方がいい。
良いライブを聴きまくった方が良い。
音楽は本来、鼓膜の振動にすぎない。
脳内で音楽に変換されるのだ。
つまり音楽は各々の頭の中で完成するのだ。

ライブの経験値が高いほど完成度は高まる。

音響はこだわればキリがない。
コストも限界知らずだ。
チープな音でさえもライブに変える能力。

それは人生が豊かになる能力だ。