好きこそものの才能

才能 に対する画像結果



早い話が
才能なんてどうでもいい
ということだ。


楽器を始めてみては?
文章を書いてみては?

友人や患者さんに勧める。
すぐに始める人は20人に1人。
ほとんどが始められない。

「才能ないですよ~」
しょうもない人が多い。

才能って何だろう?

おそらく「天才少年」的な何かを
イメージしているように思う。

「努力できることが才能」
「継続できることが才能」

世に才能を認められている人は
総じてそう答える。

好きなことを見つけ、それを
続けられることが才能だと思う。

それが他人のためにもなれば、
職業となり、稼げる。

マッチングしていない才能が
あってもかまわないはず。

大抵の人は稼げるかどうかが
優先順位の上位に来る。
おカネにならないことに
時間を遣うことがリッチでは?

すぐに上手くできるかどうかは
どうでもいい。
すぐに上手くできるものが
面白いはずないでしょ!


天才少年の瞬間最大風速は
むしろ邪魔になることが多い。

興味があればやる。
面白そうだからやる。
始めるきっかけはそれだけ。
才能より本能だ。

世に出ている人は、それがたまたま
大化けしただけの話。

先日勝利した、井上尚弥も
意外とそんなもんだと思う。

人生は一回こっきり。
やりたいことが多すぎて困る…

因果の奴隷

虎 赤ちゃん に対する画像結果

ショックな出来事があった。
時計の針は戻らないし、戻せない。
思い出してもどうにもならない。
でも脳裏をよぎってしまう。
原因を考えてしまう。

どうすれば避けられたか?
(ああしなければ良かった)
(あれが悪かったんじゃないか?)
(あの言葉が引き金では?)

絶対に勝てない勝負だ。

取り返しのつかない現状は
絶対に変わらないのだから。

「因果」というストーリーを
使うことで記憶に残しやすい。

同じ失敗を避けるための知恵
としては良いシステムだ。

しかし、二度目のなさそうな
どうしようもない出来事もある。
「理不尽」としか説明できない
ような出来事が。

そんなときにそのシステムを
使えば、記憶が強固になるだけだ。

それでもやってしまう。
脳の「クセ」なのだろう。
クセにはクセで対抗するしかない。

この世の中は大半が理不尽だ。
理不尽を「虚心坦懐」見つめる。
因果の奴隷から解放された。

残りの人生は、新しいクセで
過ごすことにする。

まだまだやる用事が多い。
立ち止まっている場合ではない。


お答えできません

早い話が
「答え」と「応え」は違う
ということだ。

「応答」という言葉を長い間、
素通りしていた…

「答える」は「さがす」ことだ。
相手の質問に対し、自分の記憶の
どこかから引っ張り出す。
「言語」VS「言語」って感じ。

だから「答え合わせ」できる。

「応える」はもっと感覚的なものだ。
「反応」はあるが、「反答」はない。
「応用」はあるが、「答用」はない。

むしろ真逆な感じがする。

明確に「答える」ことができなくても
「応える」ことはできる。

だから「手応え」という言葉がある。

「応える」は本能の近くにある。

研ぎ澄まさないと出てこない。

明確に「答え」が出なくても、
相手から「答え」を引き出せなくても
あきらめない。

何らかの「応え」を感じ取る。

先人たちは「答え」がない道で
「応え」を積み重ねた。
ニュートンもアインシュタインも。

「応え」も積もれば、宇宙まで上る!

自分にとっては大事な気づきだ。

話は替わるが、最近「応接間」を
見ないし、耳にしない。
昔は金持ちの家には必ずあった。
(金持ちの家に行かないからか…)

イイ響きだし、イイ言葉だと思う。

自分にとっては大事な気づきだ。