いつでも怪我の功名


地域の中核病院で新型コロナ陽性が
10人以上出た。

院内感染も疑われているようだ。
連携している患者さんも多い。

「やっと近くに来たか!」
不謹慎だが、妙にワクワクしている。
これまでは二次情報、つまり
「対岸の火事」でしかなかった。
ようやく一次情報に触れるときが来た。

もともと逃げ切れるものではない。
不安がる患者さんも多い。
「大丈夫。治したげるから」
本気でそう思っている。


ウイルスと喧嘩する気はない。
ライオンや象を飼いならした
マサイ戦士のような気分だ。

(調子に乗りすぎた表現か・・・)

やるべきことは限られている。
患者さんにもそう指導する。
原則を淡々とやるしかない。
心の乱れは免疫も下がる。
原則を守り、弱気にならないことだ。

慎重であることとパニックは異なる。
80歳の患者さんなら、80回の冬を
越してきたということだ。
今以上にずっと劣悪な医療でも
冬の感染症と付き合ってきた。
身体が知っている「知恵」は偉大だ。

もちろん科学者として、細心の注意を
払い、最新の情報を集める。
これだけは素人には無理だ。

隣国の成功例や失敗例も謙虚な姿勢で
学ぶべきだ。
体質や地理的にも似通っている部分が
多いのだから。
この経験にも「怪我の功名」は
必ず存在する。

言葉もパンデミック


世界はつながっている。
病原ウイルスの世界的流行のお陰で、
イヤでも認識させられる日々だ。

みな必死で現状維持しようとする。
それでもどうしようもなくなり、
目の前の景色が変わる。

銀座の街に人がいなくなる。
買いたいのにモノがなくて、
手に入らなくなる。

ショックを受ける。

「こんな所に影響があるんだ」
これから益々増えるだろう。

新たな工夫が生まれるだろう。
「公共」というものを重視する
日本人の精神は素晴らしい。

自分が迷惑をかけてはいけない。
強制がなくても、周りに合わせる。
ただし、共倒れには注意が必要だ。
感情的になっているとき、ヒトは
正しい判断ができない。


情報発信にも配慮がほしいところだ。
ウソはいけない。
しかし、感情を揺さぶるだけの
「告知」には反対だ。

常に、「対案」や「だから~しよう」
をセットで用意してほしい。

書籍からの引用だ。
「ヒトはポジティブな意味合いの言葉を
他者から聞くと、自分の言動もポジティブ
に変化する」

「情動感染」と呼ばれる現象らしい。

当たり前だが、言語は身体に影響する。
言葉は病気も健康も作り出す。

「わかりあえなさ」を埋めるには、
既知の言葉ではなく、未知の言葉が
溢れてくるのをじっと待つ。
それが、他者との関係性を保つために
重要だ、と著者は述べる。


ウイルスだけでなく、言葉も蔓延するし、
感染する。そして感情も感染する。
どんな言葉を収集し、発信するのか?
それが、宇宙を動かす。

今こそ「縁起」を体感する好機だ。

画になる人々


たまに実家に帰阪すると楽しみがある。
保存してくれている録画を観ることだ。
地元の特集を片っ端から
録ってくれている。

蔵前、鳥越、御徒町・・・
「画」になる街なのだろう。
大阪でも度々特集されている。

知っている人ばかり出てくる。
うちの患者さんばかりだ。
しかも、みな「慣れ」とる!

テレビに出るのを自慢するのは
江戸っ子の沽券に関わるのか。
誰も自慢しない。

「テレビ観ましたよ!」
とこちらが言っても。
「ホントは出たくないんだよね」
と喜びを隠せない。

経済には必ずしも反映しないようだ。
出演後、瞬間最大風速は吹くが、
すぐに静まるのが残念なところだ。

「匠」と呼ばれる職人さんも多い。
テレビでその仕事っぷりを見て、
腰を抜かすことになる。
気迫、真剣、気合・・・
「画」から漏れ出ている。


診療中は博打や、酒、趣味の話しか
しないオッチャンたちだ。
「酒多すぎるんじゃないの!?」
普段は、こちらが偉そうに説教している。
つまり「見損なっている」わけだ。

同時に誇らしくもある。
「画になる」患者さんたちに選ばれる
「画になる」医師・・・


アカン!勘違いするところだった。
ちゃんと「医療」をすることが大事。
銘記せねば・・・