毒親と呼ばないで

親との関係がうまくいっていない

そういう話をよく耳にする。
若者の話だけではない。
50代や、60代の「こども」から聞く話だ。

色々理由はあるだろう。
気になる理由を三つ挙げてみる。

一つ目。
自分に対する扱いの不満。
親にとってはいつまでも「こども」だ。
「過去の自分」を突き付けられる。
社会的に役目を果たしている自分。
それなりに評価されている。
しかし、親は評価してくれない。
いつまでも「この子」扱いだ。
それがオモシロくない…

それはしゃあない。
過去の記憶にばかりアクセスしてしまう。
年を取ると楽しい未来を考えにくくなる。
目の前に「ひげ面」のオッサンがいる。
あの可愛かった我が子と認識できるか?
乳飲み子の自分を制御していた存在だ。

同窓会に参加して時間が巻き戻される。
それと同じだ。
理解してあげるしかない。

二つ目。
成長と共に使う言葉が変わる。
所属コミュニティを大切にする。
恣意的に自己変革しようと言葉を変える。
当然、自分の人生も変わる。
しばらく会っていない親に会う。
親が使う言葉に違和感をおぼえる。
自分の言葉はモロ親の影響だったのだ。
それを痛感させられる。
自分が消去したはずの言葉を使う親。
ウザい…か…

三つ目。
年老いた親への純粋な不満。
記憶の中の親は元気いっぱい。
あの厳しかった親が弱っている。
自分の未来を垣間見てしまう。
「しっかりしてくれよ!」
アイデンティティが揺らぐのだ…

Anyway, be kind to your parent!
何があっても親には優しく。
それしかない。
真に自分の存在を肯定するならば。
今の自分は幸せに決まっている。
そう思えない人は一生幸せになれない。
親という過去を肯定するしかない。

年老いた親へ努力を強いるのは酷だ。
加齢とともに脳内快楽物質も減る。
「楽しくない」が快適領域になる。

「産んでくれてありがとう」
そこまではいらない。
「いつもありがとう」
その言葉から始めては?
生きているときに「供養」するのだ。
関係性が変わるかもしれない。
道が拓けるかもしれない。

よろず相談所ワンラブ
所長:原田文植