躾(しつけ)はだれのため?

「年間160,000件」
児童虐待の相談件数だ。

虐待の末、死に至る。
連日のように報道され、
「またか…」
と落胆する。

見た目で判断してはいけない。
が、虐待する親は見事に
「見た目どおり」
が多い。
「社会性」のない「見た目」だ。

職業柄、高齢者と接する機会が多い。
高齢者の患者さんはよく
「しつけ」という言葉を使う。
「親のしつけがなっていない」
「きちんとしつけなさい」


そういえば最近の若者は
「しつけ」を使わない。
アホ親が児童虐待したときに
「しつけの一環として」
と言っているのは皮肉な話だ。

世の中で「しつけ」という言葉を
使いにくくなっている。

躾(しつけ)は動物に使うような
イメージがあるのかもしれない。

人間はまごうことなき「動物」だ。
庇護しなければならない期間が
ダントツに長い動物だ。
だから「猿」や「犬」と同じく、
「しつけ」が大切だ。


目的は?
もちろん
「親の言うことをきく子になる」
ではない。
「社会性」を手にするためだ。

だから、挨拶をしないといけないし、
他人に迷惑をかけてはいけない。
社会に役立つ人になる必要がある。

もちろん子どもの能力の問題はある。
親の目だけで見極められるか?
正直、難しい。
だから親戚や、近隣、仲間の意見も
親が取り入れないといけない。

親の社会性が必要だ。
アホ親は社会性がない。
子どもは守ってあげないといけない。
そういう親を見極めてあげるのは
社会の責任だ。


「しつけ」は強い言葉だ。
責任をともなう言葉だ。
あえて使っていきたいと思う。