お答えできません

早い話が
「答え」と「応え」は違う
ということだ。

「応答」という言葉を長い間、
素通りしていた…

「答える」は「さがす」ことだ。
相手の質問に対し、自分の記憶の
どこかから引っ張り出す。
「言語」VS「言語」って感じ。

だから「答え合わせ」できる。

「応える」はもっと感覚的なものだ。
「反応」はあるが、「反答」はない。
「応用」はあるが、「答用」はない。

むしろ真逆な感じがする。

明確に「答える」ことができなくても
「応える」ことはできる。

だから「手応え」という言葉がある。

「応える」は本能の近くにある。

研ぎ澄まさないと出てこない。

明確に「答え」が出なくても、
相手から「答え」を引き出せなくても
あきらめない。

何らかの「応え」を感じ取る。

先人たちは「答え」がない道で
「応え」を積み重ねた。
ニュートンもアインシュタインも。

「応え」も積もれば、宇宙まで上る!

自分にとっては大事な気づきだ。

話は替わるが、最近「応接間」を
見ないし、耳にしない。
昔は金持ちの家には必ずあった。
(金持ちの家に行かないからか…)

イイ響きだし、イイ言葉だと思う。

自分にとっては大事な気づきだ。