『縁起の思想』読後


早い話が
傍観者にはなりえない
ということだ。


何をかくそう仏教徒だ。
破ることも多々あるが、
一応「戒律」もある。

「宗教とは一神教である」
の定義を採用しているので、
仏教を宗教とは考えていない。
仏教に「神」はいないからだ。

生きて行く上での知恵として、
仏教「哲学」を採用している。

「縁=関係」「縁起=関係性」
と著者は考えている。


西洋哲学で関係性「A→B」を語る際、
語り手はAに対して完全なる傍観者だ。
逆に完全なる傍観者になれるから、
「科学」が生まれる。

仏教の立場は全く違う。
自分と無関係なAは存在するのか?
要するに

「ほな、誰がAについて語ってるねん?」
ということだ。

Aには、「自分」を含め、すでに
無数の「縁(関係)」が内在されている。
21世紀「量子論」では観測者の影響を
無視できないことが当たり前になった。
仏教に「先見の明」があったのだ。


イラク問題は傍観者でいられても、
新型肺炎の問題は傍観者になれない。
感染症も経済もつながっている。
本当はイラク問題もつながっている。

「関係性」を意識することでしか
世界は救えない。