他人事(ひとごと)


東海道新幹線の社内販売の
アイスクリームが美味しい。

カチカチに凍っていて溶けにくい。

そのアイスを前に笑顔の妻と
喜びのダンスをしている娘と息子。

幸せな光景だと思う。

寝たフリをしている父親には
一口も回ってこなかったが・・・

教育格差が広がっている。
そのことを受容している国民が
増え続けているそうだ。
それは仕方のないことだ、と。

さらに、教育を受ける機会に
差があることも仕方がない、と。

親の経済力という「既得権」が
子どもへの教育に影響する。
それをやむを得ないと考える人が
圧倒的多数になっているそうだ。


妻と経営している会社の大義は
「世界の子どもたちの医療と教育の
機会均等」
だ。
だから日本社会の考え方の傾向は真逆だ。

「自分の子さえよければ」という
近視眼は、将来恐ろしい形で
やり返される可能性がある。
超上流階級ならいざしらず、中流家庭が
機会の差を受け入れるのはまずい。

ドストエフスキーの言葉だ。
「各人はすべてのことについて、
万人に責任がある」


医療も教育も「社会共通資本」だ。
隣人の病気も無知も真の意味で
「ひとごと」にはなり得ない。

新幹線のアイスに幸せを感じる程度の
金持ちなので責任をはたすつもりだ。
大義を貫くために、なにができるか
考え続けなければ。

コロナ失業した百獣の王


「コーヒー常飲が進行大腸がんの
死亡率を低下させる」

https://www.dana-farber.org/newsroom/news-releases/2020/daily-coffee-consumption-associated-with-improved-survival-in-patients-with-metastatic-colorectal-cancer/

今ローソンのLサイズを飲んでいるのだが、
悪い気はしない。
とかくコーヒーにはポジティブな研究が
多い気がする。
緑茶にもいえることだが・・・

世界のコーヒーの売り上げは9兆らしい。
単純計算で、世界人口70億人が
1300円ずつ使っている。
とてつもなく大きなビジネスだ!
ポジティブな研究が多くなるはずだ。

豆を摘んで一生を終えるアフリカの
子供たちにぜひ、還元してあげてほしい。

同じアフリカ産といえばライオン。
成人雄ライオンが日本の動物園で
いくらで取引されているだろうか?

なんと20万円!
百獣の王が20万円だ!

とんでもなく維持費がかかるらしい。

コロナで動物園の客が減っていることも
一因だろう。
タダでも引き取ってほしいというのが
実情だそうだ。
百獣の王もコロナ失業する時代か。

コーヒーも動物園もしょせんは娯楽。
決して生存に必須のものではない。
自然物を人間の欲望と都合で
商売化したものだ。

よし、週末は動物園に行こう!
「動物園でライオンを観ると
うつが治る」

そんな論文を書こうかな・・・

さらば、神よ


「お父ちゃんだけズルい!」
娘に叱られた。
本屋の袋が見つかってしまった。
ちゃんと『おしり探偵8巻』も
買ってあったのだが・・・

目に止まった本をランダムに
片っ端から10~20冊買う。
そういう買い方をしているから
自宅に帰って驚くことがある。

自分はこんなことに興味があるのか!

なるべく広く、偏見を入れずに
それなりに売れている著書を
買おうと心がけているつもりだが。

経済が落ちると信者が減るそうだ。
日本では特にその傾向が顕著らしい。
世界でもほぼその傾向なのだが、
例外はイスラム教だけだ。
イスラムは欧米で信者を増やしている。

宗教はコロナに対してほぼ無力どころか
各地で集団感染を引き起こした。
科学的思考こそが最も重要だった。


日本人は特定の宗教観がある国ではない。
しかし、科学的思考が行き渡っているとは
到底思えない。

今回のコロナ問題で言えば、やはり
ダイヤモンド船のデータを
どう取り扱うかに尽きたと思う。


712人が感染し、13人が死亡した。
致死率は1.9%だ。
半数以上が無症状であったことも
重要なデータだ。

不幸な実験室であったが、科学者は
このデータを正しく取り扱うべきだった。
現在の日本の状況は概ね同様の
結果になっている。

前職の医院で発熱外来を導入する際に
スタッフを説得する根拠になったのが
クルーズ船のデータだった。
毎朝サイエンスの大切さを話し、
冷静さを保つよう心がけた。

自称敬虔なクリスチャンで仏教徒だが、
八百万の神も大切にしている。
宗教は生き方の指針だが、古い。

要は何でも「使い方」だ!

先人の犠牲を無駄にしない。
そうして医学や科学は発展し、
人々は生き延びてきた。
今回の騒動で飛び交う言説の数々。
日本のサイエンスは大丈夫か?

恐怖とは?思考停止とは?
コロナ禍は考えるきっかけを与えてくれた。


少なくとも危機的状況を回避するのに
サイエンスは宗教より役立ちそうだ。
それは間違いない。

信教の自由を侵害するつもりはないので
あしからず。