エレキとバイク


「リズムが下手になりました」
秋葉さん(58歳)は脳梗塞をやった。
非常に軽症だったので麻痺はほぼない。

会社経営者でギターを弾く。
ソウルバンドのリズムギター担当だ。
マニアックな話で外来は脱線しがち。

秋葉さんに言った。
「脳が上手くなったのでは?」
「はあ?」
「前まで気づかなかったことが
気づくようになったのでは?」


昔よりジミヘンのギターが上手く
なっている、という体験を話した。
故人であるジミヘンの技術が
向上するはずがない。
聴き手であるこちらに、ジミヘンの
微細な技術を見る「眼」ができた
ということだ。


そんな話をしたら、さすが秋葉さん
「わかるわ~」
とニヤリ。
秋葉さんのギターを聴いたことはないが・・・

神経は「変化」にしか反応しない。
「不変」を感知しない。
不変はエネルギーを消費を節約できるから、
脳が喜ぶ。

安定志向に走る「由来」だ。

軽症だったので幸い、外見上麻痺はない。
しかし微細な脳細胞の変化はあるはず。
「時間」の捉え方に影響があったのかも。
脳梗塞のお陰で、病前捉えきれなかった
「タイム感」に敏感になった。


そう考えれば面白いではないか!

退室間際に、
「バイクの免許取ることにしました!」
秋葉さんは、新たな決意を語った。
高校時代に無免許で事故し捕まったらしい。
「こころ」が不良なら「病」は治る!

『縁起の思想』読後


早い話が
傍観者にはなりえない
ということだ。


何をかくそう仏教徒だ。
破ることも多々あるが、
一応「戒律」もある。

「宗教とは一神教である」
の定義を採用しているので、
仏教を宗教とは考えていない。
仏教に「神」はいないからだ。

生きて行く上での知恵として、
仏教「哲学」を採用している。

「縁=関係」「縁起=関係性」
と著者は考えている。


西洋哲学で関係性「A→B」を語る際、
語り手はAに対して完全なる傍観者だ。
逆に完全なる傍観者になれるから、
「科学」が生まれる。

仏教の立場は全く違う。
自分と無関係なAは存在するのか?
要するに

「ほな、誰がAについて語ってるねん?」
ということだ。

Aには、「自分」を含め、すでに
無数の「縁(関係)」が内在されている。
21世紀「量子論」では観測者の影響を
無視できないことが当たり前になった。
仏教に「先見の明」があったのだ。


イラク問題は傍観者でいられても、
新型肺炎の問題は傍観者になれない。
感染症も経済もつながっている。
本当はイラク問題もつながっている。

「関係性」を意識することでしか
世界は救えない。

酒と薔薇の日々


大学の同級生の吉川君とお茶をした。
3時間くらい盛り上がった。
見晴らしのよい川沿いのカフェで。

旧友と会うと大抵、昔のとんでもない
悪事をとがめられる。

酒にまつわる失敗、女がらみ…
「そんなことあったなあ」
大笑いしながら勝手に盛り上がる。

「一生の思い出やなあ」
こちらの言葉に吉川君はただ苦笑い。

決して開き直っているわけではない。

ところで、映画のキモは「シーン」だ。
シーンにおいて、何らかの取引が行われる。
映画は「活動写真」と呼ばれていた。
シーンは動く写真の中で表現される。

シーンにしか意味がなく、逆に
無意味なシーンは全部切り取られる。

長くて3時間の中に、重要なシーンだけが
集まったものが映画だ。
(無駄なシーンの多い映画も多々あるが…)

映画は「記憶」に近い媒体だと思う。
記憶とは「ネタ化」されたシーンの集大成だ。

人間は一度見たものは見ないそうだ。
見ているフリをしているだけ。
神経は「変化」にだけ反応する。
脳のエネルギー消費節約のため、
生得的に備わった機能だ。

つまり無駄なシーンは記憶されない。
変化のない生活をしていると
ヘタしたら記憶ゼロになる。
死ぬ時に「ゼロ人生」になってしまう。

新型コロナのおかげで2020年は
忘れられない年になるだろう。
ぜんぶ「ネタ化」すればいい。

吉川君の名作(迷作?)映画に
出演できたことを光栄に思う。

繰り返すが、開き直っている
わけではない。