号泣セラピー


早い話が
雰囲気はめちゃくちゃ大切だ
ということだ。

娘に注射を打とうとした。
インフルエンザの予防接種だ。

「イヤだ」

4歳児の自然な反応だ。
泣くまではいかないが、抵抗する。
身体をよじらせ、逃げようとする。

それを見ていた1歳の弟が号泣。
精一杯の援護射撃なのかもしれない。
「泣く」という手段しか使えない。

姉の「イヤ」が伝播したのだろう。
まだ姉に「痛み」は発生していない。

号泣をBGMに任務を遂行する
冷徹さが誇らしい。

本題に戻る。
雰囲気は大切だ、という話だ。
乱すヤツがいたってかまわない。
下手なヤツがいたってかまわない。

ただし、「雰囲気」への美意識は
一致していた方が良さそうだ。
そこが異なると割としんどい。
よほど体力がないと疲弊する。

幼稚園や小学校はかまわない。
ある意味それを学ぶ「場」だ。
色んな人がいて、その中で
どう立ち居振る舞うか?

病院などの高齢者がいる所では
雰囲気作りは絶対に重要だ。

言語化が難しい部分だと思う。

茶道や武道などの伝統の中に
ヒントがあると考えている。
理由は色々あるが、今回は
触れないでおく。

何千年、何百年のスパンで
生き残ってきたものは侮れない。


医学の持つ「効く」雰囲気。
ヒポクラテスに始まる2000年の
伝統に負うところが大きい。

どの世界も新規参入は容易ではない。
「号泣」という手法しか使えないと
救済することもできない。

愛という職業?

慈悲 に対する画像結果


最近娘(4歳)が弟(1歳)を
利用するようになった。

自分が欲しいくせに
「デイ(弟)も欲しがっているよ」
と言って手に入れようとする。

知恵がついてきたようだ。

先日、
「デイに食べさせてあげるの」
と言っておにぎりを握っている。

妻は「優しいね」とホメる。

父親は知っている。
これは「優しさ」ではない。
「おにぎりを握る」という
「遊び」がしたいのだ。

弟を利用すると達成しやすい。

これが「職業」の始まりでは?
職業とは本来こうあるべきでは?


自分がしたいことがある。
他者を巻き込む。
巻き込まれる人数が多いほど、
喜ばれる。
やりたいことを堂々とやれる。

資本主義の世界では、かならず
「報酬」が発生する。

「おカネ」を収集することが
職業ではない。
「おカネ」は対価に過ぎない。

みんなかつては4歳だった。
本能的に知っていたはずだ。
職業とは本能的欲求なのでは?

極論:
究極に皆を巻き込んだ状態が
「愛」とか「慈悲」とか
なのかもしれない。

何が治るの?

カセットテープ に対する画像結果

在宅診療の矢野さんは94歳女性。
圧迫骨折、肺炎、心不全…
何度もピンチを乗り越えてきた。

横になっている時間は長い。
外出もほぼゼロだ。
夫の食事の準備はしている。
日に3度!
晩酌もしているそうだ。

自室でこれまで溜め込んだ
テープをよく聴いている。
ラジオ番組の録音のようだが、
詳細は怖くて聴けない。

元気の源なら結構なことだ。

定期往診の診察を一通りこなし、
「今日もええじゃないですか!」
と言ったら、
「治る気がしてきた」
と強い眼力で返答してきた。

治る…

慢性心不全、高血圧、心房細動、
慢性腎臓病、腰椎圧迫骨折…

加齢にともなう疾患ばかり。
安定した状態を維持することが
目標となる疾患ばかり。
今、矢野さんは安定している。
治っているとも言える。

「治る」「治す」
医師はそれを目指しているはず
だが、改めて考えてみれば、
深い言葉だ。


何を持って「治る」とするのか?
矢野さんの「治る」は何だろう?
詳細は怖くて聴けない…