自殺という喧嘩

早い話が
喧嘩の仕方は下町に学べ
ということだ。

盆踊りの日、喧嘩が始まった。
片方は自分の患者さんだ。
喧嘩っ早いことで有名な人だ。

最初は冗談かと思った。
しかし、押し合いになった。

大事になるかもしれない!

そう察知し、止めに入った。
自分の他にも数人止めに入った。

自分以外、なぜか全員笑っている。
見物している人も笑っている。

何とか当事者二人を引き離した。
発熱したまま当事者たちは退散した。

すぐに、みなの笑顔が消えた。
止めに入った人も観衆も…

「何で喧嘩してたの?」
みな喧嘩の理由さえ知らない。

そうか!
喧嘩が始まったら笑うのだ!

なるほど「知恵」だ。
笑いで喧嘩を大きくするのを防ぐ。
「笑って誤魔化す」の応用例だ。
要は「煽るな」「焚きつけるな」だ。

隣国との関係が穏やかではない。
せっせと感情をぶつけ合っている。

どちらにも言い分はあるのだろう。
こんなときこそ「知恵」の出番だ。

どっちが正しいか間違いか?
勝ち負けは?
どうでもいいではないか。

笑える動物は人間だけだ。
笑いこそが最強の武器だ!

明日は9月1日。
子供の自殺が最も多くなる日だ。

子供に目を向けるべきだ。
よそ様の子供にも注意を向けよう。
緊張を解いてあげよう。

「死んだらアカンで」
その一言で一線を越えない。
何度も経験している。

今年の9月1日は日曜日だ。
翌9月2日まで注意が必要だ。

まずは自国の子供たちを守ろう!

「儲かる」読書術

早い話が
本屋は「悩み」の宝庫だ
ということだ。

売れている本は上からすべて
購入するようにしていた。
最近は本屋で読み終わるので、

よほどでないと買わなくなった。

なんとなく「出会った」感じの
本を購入することになる。

やっぱり傾向があるようだ。

「意識」せずに選んでいるのだが…

自分の問題意識が反映されている。

いわば、自分の「悩み」か。

そしてその日のうちに全部読む。

解体し、書き込みまくる。

自分の記憶力の弱さが悔しい。
最低3回は読む。

著者になり切って読む。

読むごとに違う情報が入る。

違う「視点」が手に入る。

目的?

喧嘩しないため。

誰とでも友達になるため。

『隷属なき道』からの引用だ。

「非現実的だ」という批判はつまり、
「現状を変えるつもりはない」という
気持ちを手短に表現しただけなのだ。 

夢に向かって進む。

大義を持って生きる。

今生を面白くする唯一の方法だ。

そう確信している。

それを邪魔されるのが悩みだった。

ちょっと解決!

親を尊敬してはいけません

中学入試の指南書だったか?

「尊敬している人は?」

という質問に何と答えるか?

その本によると
「親です」

という答えはNGであるとのこと。

「福沢諭吉」とか「聖徳太子」
歴史上の人物を答えた方がいいと。

「入試技術」としてはそうらしい。

親は尊敬の対象ではなかった。
小学生の自分はそうだった。
(親は悲しんだかもしれないが…)

今は尊敬している。

尊敬の概念が変化したからだ。
勝手に他者に「役割」を与える。
全員なにがしかの「役割」がある。

であれば、誰のことも尊敬できる。

落語はよくできている。
「与太郎」にも役割がある。
与太郎も尊敬対象だ。

与太郎なしで落語は成り立たない。

他者が役割を果たしてくれている。
すなわち「機能」してくれているから

自分の人生が成立している。

相手を尊敬できるかどうかは、

こちらにかかっているわけだ。

他人に定義を強要するつもりはない。

巷の
「リスペクトしてるぜ」

には違和感をおぼえる。

このブログを読んでいる人!
尊敬していますよ!