したくないことをする自由

「やりたいことしかしない」
という一見耳障りの良い言葉がある
『したいことしかするな!』
本屋や中吊り広告で目にする。

決して間違ってはいない。
但し、「人」を選ぶから注意が必要だ。

言葉の解釈度にレベルがあるからだ。

「やりたいこと」は何?
それはどのレベルでやりたいのか?
本能に近い欲求レベルか?
人に褒められる常識レベルか?

ボクシングで世界チャンピオンになる。
それは「やりたいこと」かもしれない。
そのためには何が必要か?
命がけの特訓が必要となるだろう。

それは「したいこと」か?

そこに「自由」が存在するか否か?
それがポイントだ。
特訓は好きではないかもしれない。
だけどやるしかない。
それは誰が決めたのか?
自分だ。
したくないことをする自由だ。
本来「しないといけない」という言葉は
命令や規則に従うときに使用してきた。
だから、言葉に隷属がつきまとう。
つまり、「奴隷の使う言葉」だ。

「前にならえ!」
それを自分から求める子どもはいない。
本当はイヤだけどやっている。
受動的に従っているだけだ。
規律を「学ぶ」という面では正しい。
だけど、危険性もある。
自分で考えることを放棄する可能性。
権威に従っていれば守られる。

楽な道だ。

提言する。

イヤなコト、嫌いなコト…
渡世で逃れられないモロモロ…

それをするとき…

「好きではない」「本当はイヤだけど」
そんな言葉は絶対に吐くな。
「やると決めたこと」は淡々とやる。
能動的に従う行為は「自由」なのだ。
わざわざ奴隷時代を思い出すな。

規律に従うことも実は本能からの自由。
「全部自分で決めたんや、オレの勝手」
自己責任の遂行義務を果たしてこその
「やりたいことしかしない」
なのだ。

2億4千万の瞳

早い話が
すべての出会いはドラマチックだ
ということだ。

月曜の午前中は往診をしている。
豊島さんは101歳の女性だ。
俳句名人で壁中に表彰状がある。
医者にはほとんどかかったことがない。
身の回りのことも自分でやってきた。
最近少し独居が大変になってきた。

横になっている時間が長くなっている。

「おっ、明日誕生日じゃないですか!」
「そうなのよ。102歳よ」

「うちの息子は明日で1歳!」

実に101歳違いだ!

2018年のデータだ。
100歳以上の人口は69,785人。
ざっと計算してみた。
計算上、100歳以上で同じ誕生日は
全国に200人ほどしかいない!
そのうちの一人に出会えたわけだ。

渡辺さんはほぼ医者と縁がなかった。
出会える確率は極めて低かったわけだ。
貴重さを考えると抱きしめたくなった。
亡夫に叱られるので止めておいたが…

籠池夫妻と告げ口

籠池夫妻が改めて発言している。
財務省の不正、安倍夫妻の関与。
まだまだ暴露する気満々な様子だ。
「窮鼠(きゅうそ)猫を嚙む」か…

他人の悪事を誰かに話したい。
人間の生得的特徴なのだそうだ。
つまり、告げ口は「本能」なのだ。
(『社会は人の感情で進化する(フォレスト出版)』)
確かにうちの娘もすぐ妻にバラす。

こちらの些細な悪事を…

小2のとき、担任に告げ口をした。
友人の悪いいたずらについて。
そのことでM先生に殴られた。
「男らしくない」という理由で。
殴られた事実を親に言えなかった。
卑怯者と思われたくなかったからだ。

親にも教師にも…

それが原因かどうかは定かではない。
告げ口や密告はしないと決めている。
生得的なものではないことは確かだ。

渡世の中で培った価値観だからだ。

案外、他人の密告には寛大だ。
みんな色んな事情があるだろうから。

白日の下に晒すべき巨悪もあるだろう。

告げ口されると社会から抹殺される。
遺伝的に不利だ。
道徳的に生きるようになる。
「絶対的他者」を生み出したのだ。
前出の著書からの要約だ。
他者の監視の元、正しく生きる。

つまり「お天道さま」が現れる。

他人の目に晒されずとも正しく生きる。
それは容易ではないようだ。
匿名での罵詈雑言にため息が出る。